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​存在の感触

「存在の感触」の一連の作品は中古の衣類や日用品を観察し、かつての持ち主たちの気配、現代に生きる人々の匿名的な生の痕跡を焼き物に記憶させるというシリーズである。柔らかな粘土は焼成という過程を経ることで固く変質し、与えられたイメージを頑ななまでに留め続ける、すなわち「記憶する」性質を備えている。

持ち主の身体に一番近いところにある衣服は、日用品のなかでもより一層、親密にに私たちの皮膚感覚など生理的な感覚や無意識の内面と関わる。着古された衣類は、その持ち主の身体の特徴や動きの癖などにより生じる変形や皺から、ある種の「繊細な個性」を与えられる。それは衣類の持ち主の生の痕跡であり記憶であり、また同時に今を生きるある一人の人間の姿である。

粘土の豊かな可塑性を利用し、中古の衣類の皺などを観察し柔らかい粘土の塊に手作業で彫り込んでいく。古い衣類の宿すかつての持ち主の記憶や時間を、私の身体を通じて私自身の時間も重ねながら粘土に刻んでいくプロセスでは、この重層的な記憶や時間を紡ぎ、編んでいくような感覚を抱く。

土に象られた日用品のイメージは、焼き物の強い物質感・実存感と脆さというアンビバレントな感覚を喚起しながら、個としての絶対的な孤独や哀しみを抱えた現代に生きる人々の存在を映しだす。

​                                      2013年

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