変わること、変わらないこと (2012年12月の記事)

April 11, 2018

今年の春に誕生した娘ももうじき7か月になり、意思疎通のようなものが活発になってきて、子育てを楽しいと思えることも増えてきた。これまでは、娘がいくらかわいくても大変さの方が上回り、楽しいと思える余裕がなかったように思う。

 

子供を産む前は、女性が妊娠出産を経て変わる感覚があるのかどうかということに興味があり、出産をした友人によく訊いていた。ひとりのアーティストの友人は、自分の中の変わらない部分への自嘲の気持ちもあったのか「子どもを産んだくらいでは人はそう簡単に変れへんよ」と話してくれ、私はそんな彼女をむしろ頼もしく感じ、何だか励まされたような気がしていた。

そして子供を産んで、彼女の言葉になるほどと思った。子供が生まれると、生活が子供を中心に周りはじめ、一変する。しかし自分のなかの図太い部分は依然として、でん、と居座り続けている。さすがに子供には譲って真ん中からちょっと外れたところに相変わらず居る、

そんな感じだろうか。

 

妊娠、出産という経緯のなかで「制作や発表を止めてしまうのではないか」「今までと作風が大きく変わってしまうのではないか」という心配に近い気持ちを表現されることもある。子育てに集中したいと、今まで積み上げてきたキャリアや活動を中断する人もいる。その気持ちもよく分かる。そうしたいと思わせるほど、やはり子供の誕生は衝撃的で、感動的で、この存在のために尽くすことを掻き立てる強い何かがあるのだろう。一つのことに全力で取り組む一点集中型のタイプの人は特にそうかもしれない。私もどちらかと言えば、あまり沢山のことを同時に上手にこなすことはできないタイプかもしれない。幸運にも今までやりたいことを追求してこられた私にとって、睡眠不足や子供の不規則な欲求に応えること、自分のために使える時間の少なさはとても辛く、インターネットの子育ての悩み相談サイトで言っている人がいたけれど、まさに「人生の非常事態」と言えるかもしれない。

 

手が回らないこと、子供を泣かせてでもやらなければ回らない家のこと、進まない離乳食・子供のために努力することさえ、子供自身によって中断され、全く手ごたえを感じられない。これまでと同じやり方では達成度を測ることができない!自分がちゃんとやれてるのか、やれてないのかサッパリわからない!そんな状況に苛立ち、自分の人間としての度量の小ささを突き付けられる毎日だった。救いは娘が笑顔で良く笑い、元気に育ってくれていること。

 

変わった部分に目を向ければ、ものすごく変わったとも言えるし、変わらないといえば変わらない。どこに焦点をあてるかで、人によってその表現の仕方が変わる。身体的に・生理的なことで言えば妊娠中の変化はめまぐるしかった。妊娠と子供の出産を経て、子育てが始まって、子供を産み育てている人たちへの理解や共感を得られたことは大きな収穫だと思っている。同時に制作における感覚として、何か劇的な変化があったかと言えば、ポジティブな意味において、変わらなかった。子供のお世話に追われる毎日で、自分が何を感じているのかを頭の中で整理する余裕すらなかったのだと思う。これから子供が乳児期を過ぎ、一緒に成長するなかで、振り返りつつ考えて、また変化していくのかもしれない。

 

2018年の春ごろから徐々に発表を再開します。またいろいろな場所で作品ともどもお会いできることを楽しみにしています。

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